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2006年06月03日

JANIS事業の感謝慰労会

久しぶりのblog更新である。
ここ数ヶ月は、県WAN受注対策に時間をとられて、寝る時間も惜しい程の生活をしていた。
5月30日に100ページからなる提案書と、入札価格を無事提出できた。
6月1日には、その提案書作成の慰労も兼ねて、お世話になった各企業の皆さんにお集まりいただき、
以下の趣旨で、100名ほどで盛大な感謝慰労会兼県WAN受注決起大会を開催した。
 JAオンライン用X.25自営パケット網が実に14年間稼動し5月2日で引退。
 JANISネットが平成9年にサービス開始以来、10周年。
 JANISネットが平成11年に全国初の商用ADSLサービスを開始以来、7年。
 JANISネットが平成13年に自営MPLS網にて稼動以来、5年。
 JANISネットが日経地域情報化大賞2005でインターネット協会賞を受賞。
 JANISネットの県内基幹網が、広域イーサネット基盤上にて安定稼動中。
 JASTEM金融オンライン端末(未だにX.25)が、5月8日からIP変換装置経由でJANISネット上で無事稼動。
 そして、新たな事業としての県WAN受注に向けた提案書完成。

過去を振り返って感慨にふけるのはリタイア後の楽しみにとっておこうと思うが、
NEC製のX.25自営パケット交換機NP140、NP130、NP120が14年間稼動できたことは特筆である。
世の中ブロードバンドだなんだかんだ言っても、金融オンラインのトランザクション処理が必要とする帯域はしれており、
設計思想とハードウエアと保守体制がしっかりしていたので、通常の2サイクル分以上も稼動できたのである。
この交換機は博物館行きにしたいくらい、JA長野県にとっては感謝感謝の通信機器であった。

時代はX.25からTCP/IPに代わり、そのIPネットワークも、MPLS網に加えてレイヤー2の広域イーサネット上にて稼動しつつあり、JANISネットの歴史はそのまま通信技術の進歩の歴史とも符号する。

X.25ネット構築以来、14年間、多くの皆様のご支援で今日まで来ることができた。
14年前にX.25構築のキックオフ会でNECの都筑部長さんにお言葉をいただき、
14年後の慰労会でその現執行役員の都筑さんからご挨拶いただけたことは実に感慨深いことである。

そのほか、SI業者としてJANISを支え続けてくれた、NTT長野支店の佐野支店長さんにも
いろいろな立場があるなかでご列席いただき、ご支援のエールをいただいたことに感謝申し上げます。
NTTのJA担当チームは、JANIS支援の功績で、なんとNTT東日本社長表彰を受賞されました。

DSLモデムベンダーであるソネットの小林代表取締役からは、東京メタリックの裏話やSBB孫社長とJANISとの関係など、
業界関係者にとって酒の肴になりそうなエピソードをいくつも披露していただきました。

そして、次のJANISネットを支える中核機器となる広域イーサネット用スイッチをご提供いただいた
日立電線の西山事業本部長さんからも、全面的ご支援のお言葉をいただき、感謝申し上げます。

ということで、2006年6月1日の弊社ネットワーク事業慰労会は、盛大な決起大会となって閉会した。
これからのJANISネットの運命は、6月6日のプレゼンと、6月14日の開札にかかっているのである。

投稿者 佐藤 : 2006年06月03日 14:49

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